経営者の視点
ワシントンDC近辺では、日本人の多くが利用しているケーブルTV会社の一般的なチャンネルパッケージの中に"NHK World"というNHKの日本国外
向け番組を流すチャンネルが入っています。
思いの他忙しかった2学期も終わり、時々NHKを見る機会がありますが、
ある番組で昨今の米経済悪化の日本への影響について特集が組まれて
いました。特に米国の自動車市場縮小に伴う日本の自動車メーカー
の生産調整の影響によって、工場の派遣労働者が次々と契約を切られていく
様子が取り上げられており、その中で、ある派遣労働者ネットワークの代表が、
「メーカーは派遣労働者をJust In Timeで納入される部品と同じように
考えている」という批判をしていました。
米国のビジネススクールでは、基本的に「株主価値をいかに向上させるか」
というテーマに基づいてさまざまな授業が行われています。マーケティング
であり、ファイナンスであり、そしてJITなどを学ぶオペレーションであり、
株主価値の向上が第一義的な目的であり、一部Ethics等の授業以外では
株主以外のステークホルダーの利益を中心に考える機会は限られています。
特にオペレーションの基礎科目では、「需要等のVariabilityを如何に
マネージするか」ということと「その為に如何にFlexibilityの高い
オペレーションを実現するか」ということの重要性を学びます。これらを
製造業にあてはめると派遣労働者の割合を増やし、生産調整のバッファと
するのは当然のプラクティスであり、経営者という立場から見たときには、
最適解に近い行動だとという事になります。
そういう環境で既に約1年半を過ごした私としては、NHKを通じて垣間見られる
日本の状況について「日本の自動車メーカーは与えられた環境の中で正しい
経営判断をしている」と考える一方、そう素直に考えている自分に強い
違和感を覚えました。
数年前、私の小学校からの幼馴染のK君が、ある自動車メーカーで期間労働者
として働くために田舎から出てきていました。K君のことを考えると、
このような経営判断を100%支持できない自分がいるのです。
これはかつてのライブドア事件や村上ファンド事件の時に何度も話題に上った
「会社は誰のものか」という問いそのものなのだと思います。世界の中での
厳しい競争状態を考えると、効率的なオペレーションを保つことが絶対的に
必要なことは自明です。そうすると上述の通り、派遣労働者を生産調整の
バッファにすることもしかたがないともいえます。しかし、これだけ多くの
雇用が喪失することの社会的影響は甚大です。
ではどうすればいいのか。おそらく多くの経営者が日々悩んでいても
なかなか答えの出ない問いなのだと思います。
但し、一つ言えるのはやはりビジネススクールで学ぶ「株主価値の向上」
が唯一の目的ではなく、K君のような派遣労働者を含む従業員や地域社会
といった「その他のステークホルダーについても思いを廻らすというプロセス
を持つ」ということが経営者としてとても重要なのだと思います。
そのプロセスを経ることで、今回のような不況に直面したときのリスクを
派遣労働者に対してできるだけ前広に説明したり、政府や自治体と連携して
社会的な影響は出来るだけ抑えるようなことが可能になるのではないかと
思います。
以上のようなことは、改めてここに書くまでもないようなあたり前のこと
なのかもしれません。しかし、常に「株主価値の向上」を目的とした授業を
継続して受けていると、ともすればこのようなバランス感覚を失いがちに
なるのもまた事実だと思います。
卒業後は経営に近い立場で仕事をする機会も出てくると思いますが、
ビジネススクールの授業で習う経営技術が全てではないということを忘れ
ないための自戒の意味を込めて。。。
S.O.